米津玄師の曲の良さがわからない大人

米津玄師の経歴と年齢まとめ。人気度・再生数がいまや日本一!19歳でマトリョシカを作曲!

米津玄師の曲の良さがわからない大人

今や音楽業界で日本一、大人気の米津玄師の曲について書きます。

 

タイトルで誤解を生むかもしれませんが、

「米津玄師の曲の良さがわからない人を否定するものではない」

ということを先に明示しておきます。

 

米津玄師の経歴と年齢まとめ。人気度・再生数がいまや日本一!19歳でマトリョシカを作曲!

2018.05.18

 

 

まず、米津玄師の曲は若い世代、10代~20代に特に支持されています。

 

私の価値観では、流行りというのはこの若い世代により作られます。

彼らに絶大なる支持をされているということは、当然ですがまず間違いなく本物だということです。

 

 

そして私の知り合いの音楽好きの人たちと米津玄師の話をすると、

 

  • 米津玄師の曲はよくわからない
  • なぜあんなに流行っているのかわからない
  • 良いとは思うけど普通じゃない?

 

といった意見をよく聞きます。(20代前半~30代)

そしてその度に私は熱弁します。

 

  • とにかく一度ちゃんと聴いてみてほしいです。
  • 私も最初そんな感じでしたが、何回も聴くと理由はわからないけどハマります。

 

 

などと語った後、一週間しないくらいで、

 

 

  • ハマってしまった
  • 米津玄師いいね
  • 何回も聴くことで良さがよくわかった
  • 聴けば聴くほどハマるね
  • まるでスルメだね

 

 

といった感想が多く返ってきます。

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なぜこのような現象が起きるのか?

なぜこのような現象が起きるのか、理由を考えてみました。

 

まず上記にも書いていますが、私自身も最初は米津玄師の曲の良さがいまいちわかりませんでした。

米津玄師の曲に対し、

 

  • 聴いたことある感じ。
  • 特に盛り上がるわけでもない感じ。
  • 普遍的な感じ。

 

そんな印象を受けていました。

ですが何回もちゃんと聴いていると、

 

  • スッと耳に入ってきて残る感じ。
  • 癖になる感じ。
  • 美しい感じ。

 

と、気が付けばハマっていました。

 

 

噛めば噛むほど味が出るするめのように、聴けば聴くほどハマっていく。

詳しいトリックはわかりませんが、最初は「どこかで聴いたことある」「よくあるメロディ」といった心境から、「癖になる」「気持ちいい」「美しい」といった感情に変わっていきます。

 

さらには最大級に盛り上がるという曲ではない分、何回聴いても飽きない中毒性もあり、故に何度も聴くことでよりハマってしまうのではないかと考えます。

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米津玄師「普遍性(懐かしさ)を自分に響かせる曲を作っている」

尚、米津玄師は曲作りの際、普遍性(懐かしさ)を自分に響かせる曲を作ることを心掛けているようです。

 

米津:音は基本的に全部、サンプリングのトラックで成り立っていて。俺はオリジナリティー信仰みたいなものが嫌いなんですよ。誰も見たことも聞いたこともないものしか許さない、と言ってしまう感じ。本当に根源的な意味で、誰も見たことも聞いたこともないものを突き詰めていくと、最終的にはノイズミュージックとかになっちゃう。それはそれで美しいと思うし、好きな音楽でもあるけれど、自分がやりたいのはそういうものではなくて。

音楽って、フォーマットじゃないですか。“型”のようなもので成立している部分があるのは事実で、そのなかでいかに自由に泳ぐかじゃないかと。自分がやりたい音楽って、基本的に普遍的なものなんですよ。普遍的なもの、多くの人間、コミュニティ、国や地域などいろんなものの根底に流れているものを普遍性だと言うのであれば、それは“懐かしさ”と言い換えられると思っていて。つまり、どこかで聴いたことがある、どこかで見たことがある、というようなものだと思うんですよね。そういうものを、いかに今の自分に響かせることができるか――それが自分なりのオリジナリティーだと思っているし、極端なオリジナリティー信仰とか、センス信仰はどうにかしてると思う。そんななかで、最初にリスペクトがあり、その上でどうオマージュするかということをすごく考えながら作っていました。

 

――音楽にも形式があり、それに対する正確な理解なくしては、新しいものには到達できないということですね。そういう意味で米津さんは、さまざまな音楽を学び、分析してきた。

 

米津:自分にとっては当たり前のことですね。ただ、周りのミュージシャンを見ていても、分析することや勉強することに対して負い目のようなものを感じている人がいるんですよ。ありのままの生き様……みたいな、センス信仰ですね。そんなことを言っているからこその体たらくだ、とよく思う。ありのままで生きていても面白いことなんてひとつもない。自分がありのままだ、本物だ、と思うパーソナルな部分も、もとを正せば誰かからの影響を受けていて。そういうことを言い始めると、オリジナルだとか本物だとか、そういうものは端から存在しなくて、自分は偽物だと思うんです。俺はそれが一番美しいと思ってやってます。

美しいものって、分析して、勉強していった結果、身につくものだと思うんですよね。それをよく理解しないで、“ありのままの自分”とか“素の自分”って気持ちいい言葉でごまかして、自分がどこから生まれてきたのかを考えない。「つまんねぇな」って思います。「“素”って何だよ?」って。

 

【引用】Realsound:米津玄師が語る、音楽における“型”と”自由”の関係「自分は偽物、それが一番美しいと思ってる」

 

 

要約すると、普遍性、懐かしさをいかに今の自分に響かせられるか。

過去の素晴らしい作品にリスペクトを込めながら、自分はどうオマージュするかということをすごく考えながら曲を作っているとのことです。

 

本物、オリジナル、というものは自分が影響を受けたものから成り立っているわけで、結局は偽物であると語っています。

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まとめ、おわりに

というわけでまとめると、

米津玄師は過去の作品を分析しきって懐かしく感じるような普遍的なもの、美しい部分を自分なりにオマージュして曲を作っているようです。

 

少し歳をとった人たちは、「どこかで聞いたことがある感じ」という理由で、最初はありきたりな曲に感じて特に気に留めない人が多いのかもしれません。

若い世代の人たちは、「とにかく良い!」と感じているのかもしれません。

 

そして米津玄師の普遍性の感性と努力の結晶である曲を何度か聴くことにより、最初は気に留めなかった人の中からも、その美しさによりハマる人が数多くいるのではないかと思われます。

 

 

 

ずらずらと書きましたが、百聞は一見に如かず。

というわけで「米津玄師の曲の良さがわからない」という人は何回も聴くことで良さがわかるようになると私は思います。